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我が家のマイホーム日記 一覧

2008年12月12日

現場打合せ2

電気・照明、扉と順調に打合せが進み、いよいよ何かと問題の多いロフトの打合せへ。ロフトに関しては、カウンターと手摺りの打合せをしました。まずはカウンターからです。カウンターの高さや幅、造り付けor後付けかを決定していきました。


丸山さんは、あまった木材やダンボールでイメージ出来るものを作っては説明してくれました。高さ、幅も決まり、後は造り付けか後付けかです。どちらも一長一短ありましたが、造り付けに決定しました。
次は手摺りです。図面では一応アルミ製であがっておりました。図面通りアルミ製でいくか木製にするかどちらかです。


丸山さんと色々話をしていましたが、こちらも一長一短でどちらにするかは簡単には決めれませんでした。あーでもない、こーでもないと悩んでいる私達の背後から、


高林さん 『私は木がいいなぁ~』
私 『何でですか?』
高林さん 『だって木が好きなんですも~ん』
(目がうるうるになっている)
私 『でもね~・・・・』
高林さん 『木って不思議なんですよ。だって同じ木(種類)でも全く一緒な木ってないんですよ!すごいじゃないですか!・・・・・(中略)・・・・・・・・・私は木が大好きなんですよ~』
(しばらく高林さんの独演会が続いた)


手摺りの件は後日に答えを出すということで、保留となった。
続いて、ダイニングテーブルの打合せに移る。ダイニングテーブルはWHの造作テーブルなのだ!
ここでも、造り付けor後付けかで議論となった。


高林さんや丸山さん、そして再登場の大中さんは後付けを進めていた。私達は造り付けのつもりでいた。深い意味はないのだけれども当然に造り付けと思っていたので、ここでそんな議論になるとは思っていなかったのである。


ではなぜ後付けをすすめたのかというと、
理由は“動かせるから”である。


当然だが造り付けではもう動かすことは出来ないというのである。今はいいかもしれないが、10年、20年経った時にどのように生活スタイルが変化しているかわからないので、その時の事も考慮すれば、動かせたほうがいい!とのことでした。なるほど~と思いました。全く動かすつもりはなかったのですが、そう言われれば、そうかもしれないと思い後付けにしました。


現場打合せはこれで終わりました。13時30分から始まった打合せでしたが、終わったのは18時を過ぎていたと思います。


皆さん、お疲れ様でした。

2008年12月11日

現場打合せ

2008年10月4日

上棟式から2週間経ったこの日、現場打合せが行われました。
高林さん、丸山さん、ミドリ電気の大中さん、南陽のユースケ・サンタマ・・・いや、岩田さんがいらしてました。


まずはミドリ電気の大中さんとコンセントや照明の位置について、図面と照らし合わせながらチェックしていきました。
大中さんからはここはこうしたほうがいいんじゃないかとか、ここにもう1つコンセントを増やしたほうがいいとか、提案していただきありがたかったです。実際、生活して使ってみないと不便さはわかりませんが、それでは遅いのです!
なので、電気工事のプロの話を聞いて、使いやすい配置、適当な数に落ち着きました。


しかし、この時大中さんから信じられない発言があったのです!それは・・・


大中さん 『町内放送のスピーカーはどこにしますか?』
私・嫁 『は?町内放送?何ですかそれ!?』
大中さん 『あれ?知りません?町内の催しや案内が流れるやつです』
私 『え?そんなんあるんですか?初めて聞いた』
大中さん 『加賀市は全地域あったはずだけどな~』
私 『でも、うちの実家はそんなのなかったですよ!』
大中さん 『私も加賀市在住なんですけど、ありますよ』
嫁 『それって絶対付けなくちゃいけないんですか?』
大中さん 『そうですね~掃除とか町内の催しをそれで知らせるので、付けないといけないと思いますよ』
嫁 『いや~ん、田舎くさ~い』
私 『田舎じゃん!』


渋々スピーカの位置を決める我々。ここでも大中さんから、リビングから見えにくく、でもリビングにいてもキッチンにいても放送が聞こえる位置の提案を受けて、そこに決定!ナイス、大中さん♪
次は、岩田さんと扉についての打合せです。ここも図面と照らし合わせての確認です。OK!OK!と順調に進む中、岩田さんから脱衣所の扉について、疑問が!?


岩田さん 『ここ、鍵がついてませんけど、つけないんですか?』
嫁 『はい!つけなくて結構です』


ここで、高林さんも参加してきて、脱衣所に鍵は必要かの議論が始まったのだ!


実は、設計の打合せ段階で私は鍵をつけるつもりでいたのですが、嫁が反対したのです!鍵など必要ないというのです。


私にしてみれば、娘が年頃になったときに鍵がついていないと嫌がるのではないかと思うのですが、嫁はそんなことはないと言い張るのです。さらには、その件で私の叔母までもが参戦し、鍵などいらない!とこちらも断固反対したのです。


それでも、つけておいたほうがいいんじゃないかと言う私に、嫁と叔母は『あほじゃないか!』とまで言う始末。


そこまで言うのなら、つけません!と言っちゃった私。


そんなんで、鍵なし扉になっていたのですが、岩田さんはつけたほうがいいと言い、高林さんもつけたほうがいいんじゃないかと言うではありませんか!どうも、男と女で考え方が違うようです。嫁が反対している理由の1つに、鍵をつけることによって、金額が多少上がってしまうことも影響しているのは確かなのですが、特につける必要性がないというのです。


私は思い切って、岩田さんに『ただで鍵つけてくれるならつけますよ~』と言ってみた。しかし、岩田さんは聞こえないフリをして高林さんと打合せしている。もう一度、しつこく言って見ると『ただという訳にはいきませんけど、何とか出来る範囲で』とのお答えをいただいた。鍵をつけたところで、実際は数千円の増額なので、大したことはないのですが、岩田さんの気持ちがうれしかった♪


それを聞いた嫁は『じゃあつけます!』


私 『え!?』
嫁 『つけよう♪岩田さんもあぁ言ってくれたし』
私 『あれだけ人のこと、あほ呼ばわりしといて~?』


2008年12月07日

【番外編】~内見会のお知らせ~

今日は、本編を外れて【番外編】です。


ブログではまだ上棟式が終わったばかりですが、今週いよいよ我が家の内見会が開催されます!
ぜひ多くの方に見に来ていただけれたらと思っております。お待ちしております。(私は当然いませんが)


これまで、展示場しか見てない方には特に来ていただきたいと思います。
展示場は“見せる”ための家です。WHの内見会は実際に住む人の家です。見て、いいなぁ~と思うのは断然展示場です。
訪れた人にここで建てたいと思わせるために、最高の設備、仕様と多くのお金を使い建てられたものが展示場だからです。


私は決して高収入ではありません。むしろ少ない方だと思います。家を建てるにあたって親の援助は一切受けてません!


そんな私でもこうして家を建てることが出来ました。ブログを読まれている方の中には、自分は建てられるのだろうか?と不安に思っている方も多くおられると思います。だから、こんな私でもこんな家が建てられたというのを見ていただけたらと思っております。


見せる家でななく、実際に暮らす家を見に来てください。
お金持ちの家でななく、普通のサラリーマンの家を見に来てください。


お待ちしております。


私の周りの人に内見会を開くと言うと、『いくらもらえるん?』とよく聞かれます。その人達は既に建てられていて、内見会をすると30万~40万程貰えたそうです。WHはというと、“もらえません!”
それでも、私を含めこれまで多くの方がWHで内見会を開いております。それはなぜなのか?それはみんな、内見会でWHを知ったからです。だから今度は私達が次の方達のために内見会をする番なのです。


前にも書きましたが、WHでは展示場を持たず、雑誌などでの宣伝行為をしておりません。内見会が唯一の宣伝なのです。だから、私も内見会の要望に快く答えました。
(内見会で報酬を貰えるところも実際はその分が最初から代金のなかに含まれている可能性があると思いますが)


また、私がブログを書いている事を知っている人に、ブログを書くとお金が貰えるのか?と聞かれました。これも“もらえません!”


当然です!お金を貰って、書いたのではこんな好き勝手な内容は書けません!きっと褒めまくった内容になっていることでしょう。


そんなもの書いても、読んでる人の為になりませんから。正直に私の気持ちを書いております。
内見会もブログもWHへの少しばかりの感謝の気持ちと、これからの人の参考に少しでもなればと思っております。
こんなブログですが、もうしばらくお付き合いください。


次回から本編に戻ります。


2008年12月05日

丸山棟梁3

私は仕事が営業で金沢~加賀をまわっている。なので、ちょくちょく(ほぼ毎日)現場に足を運ぶ。
気になって、気になって仕方ないのである。でもこう毎日来ると丸山さんも迷惑かな~?と思って聞いてみると・・・


私 『毎日来ると迷惑?』
(ストレートである。)
丸山さん 『全然!来て貰って迷惑じゃないですよ。毎日来てもらったほうが造るほうもうれしいですよ。逆に全然来て貰えないとさみしいですよ。』
    

この会話によって、気兼ねなく毎日行けるようになった私はせっせと現場に足を運ぶのであった。
ほぼ毎日のように丸山さんと顔を合わせ、作業状況や細かい現場打合せを済ませていたのだ。


丸山さんからはよく、図面ではこうなってますが、こうしたらどうですか?等様々な提案をしてくれた。
それは使うもののことを考えてくれてるからこその提案であった。
あと、丸山さんがよく言われてたのは『見栄えも大事ですけど、使い勝手も大事ですよ』です。
本当に細かいことまで、使う側のことを考えて作ってくれていた。感謝、感謝!


我々の現在の住まいは金沢である。私は仕事ついでにほぼ毎日のように家を見れたが、嫁は週末しか見ることが出来なかった。そんな嫁のために丸山さんは、なんと通常は外側から作業していくのを、それでは内側は上棟式の日と同じままで変化がないということで、嫁のために変化がわかるように内側から作ってくれていたのである。


なんて男だ!“木使い”はもちろん“気遣い”も出来るかっこいい男である。
もう一度言おう!


この男、男前である。
外見はもちろん、内面もである。

丸山棟梁(完)

2008年12月04日

丸山棟梁2

2008年9月23日

上棟式から2日後、祝日ということもあり家族で現場にお邪魔することに。
娘は、丸山さんと初対面にも関わらず、笑顔で挨拶!とっても気に入った様子♪自ら近寄っては話しかける程積極的!


大工さんてあまり話などしたがらない勝手なイメージを持っていた私。丸山さんもクールな感じだし、うまくコミュニケーションがとれるかなぁ~と思っていたら、気さくに家族の事など色々と話してくれた。
娘同様、我々夫婦もすっかり丸山さんに打ち解けた。


そんなこんなで世間話をしている時にふと私が


私 『日曜日って作業はお休みですか?』
丸山さん 『基本的には休みですけど、予定がなければ出てると思いますよ』
私 『あっそうなんですか?』
丸山さん 『はい。仕事が趣味なんで!』
私 『・・・・・。』


“仕事が趣味”かっこいい。
同じ男として、さらりとこんなフレーズが言える男はかっこいいし、うらやましい。


一気に尊敬のまなざしに変わった瞬間であった。

2008年12月03日

丸山棟梁

この男、男前である。
外見はもちろん、内面もである。


無事上棟式も終わり、明日から大工仕事は丸山さん1人となる。
はたして丸山さんとはいかなる人物であろうか・・・。
我々夫婦は調査することにした。現場に戻ってきた喜多さんにインタビューを試みた。


私 『ねぇ喜多さん!』
喜多さん 『は~い♪』
(祝儀を貰いご機嫌である)
私 『丸山さんってどんな人?』
喜多さん 『うちの大工さんはもちろん皆そうですが、いい仕事しますよ。中でも、丸は融通も利くし心配ないですよ』
私・嫁 『よかった~♪』
私 『差し入れするのに丸山さんって何が好き?』
喜多さん 『チュッパチャプス!』
私・嫁 『チュッパチャプス?』
喜多さん 『よく休憩中に舐めてますよ』
私 『ホントに~?』
(おぉ~安上がりだな~♪)
私 『丸山さん、チュッパチャプス好きなんですか?』
丸山さん 『なんで知ってるんですか?誰が言ってました?』
私・嫁 『喜多さん!!』
(喜多さん、すごすご退散)
私 『丸山さんが結婚式挙げた日にうちら地鎮祭やったんですよ!』
(勝手に縁があるなぁ~と思っている私)
丸山さん 『あぁ~そうなんですか?』
(そうでもない様子の丸山さん)
私・嫁 『これからよろしくお願いします。』 
丸山さん 『こちらこそよろしくお願いします。』


上棟式後の顔合わせの一幕である。


つづく 


2008年12月02日

上棟式当日

2008年9月21日

いい夢が見れるように祈りながら眠りについたはずの私。


朝方、何やら外が騒がしい。気になり目が覚め、耳を澄ますと、“ザーーザーー”激しい雨が!
飛び起きて、窓の外を見ると雨が降っているではありませんか!!!時計を見ると午前4時!そこからは雨が気になり、眠ることは出来ない。上棟式までにはまだ時間がある。それまでにはやんでくれ!と祈りながら朝を待つ私。


6時前には布団から出て、テレビをつけ天気予報を確認!しっかり雨マークが!!しかも午後からは降水確率100%!恐るべしうちの嫁!


前日までの晴れマークを雨100%に変えるとは!こんな芸当誰が出来ようものか、誰も出来やしない!まさに神がかり。
どこかで雨不足の折にはぜひうちの嫁をご活用ください。(有料です


7時30分。現地に到着。既に大工さん達が準備をしている。雨も小雨になってきた♪
朝礼の前に棟梁である丸山さんと基礎の周りを塩とお酒でお清めです。工事の無事を祈ります。
そして、朝礼。社長不在で、代わりの高林さんのあいさつの後、私からも一言です。『雨の中、いつも以上に気をつけて下さい』とあいさつし、いよいよ作業開始です!


↑ものすごい速さで柱が建っていきます

↑1階部分が出来ました

↑完成間近です。


↑完成で~す♪


噂に聞いていた通りの手際、段取りの良さにビックリ!!後日丸山さんに聞いたのですが、上棟はいつも同じメンバーでやっているため、呼吸が合い早く進むそうです。違うメンバーでやるとそういう訳にはいかないとのことでした。さらには、クレーンの運転手の方も元大工さんだったみたいで、大工の事もわかるために手順に無駄がないそうです。そして、間に合いそうにない時は、大工仕事も手伝ってくれるというのです。そんなメンバーだから早く、いい仕事が出来るんですね。


この後、皆さんにお礼を言ってご祝儀を渡して終了です。

2008年12月01日

上棟式の週~前日

上棟式の1週間前から天気が気になる私達。


毎日、新聞、テレビ、インターネットで天気を確認!1週間前の時点では“晴れ♪”でも前日くらいに雨マークが!ずれるなよ~と祈る二人。


これだけ天気を気にするには訳があるのです。私の嫁は何を隠そう“雨女”なんです!


これまでも大切な節目ごとに雨を降らせてきました。結婚式はもちろんのことです。他にあげたらきりがありません!


そういう訳で、天気を気にする我々だったのです。この時期の二人の会話は天気が中心だったほどです。


そんな時、台湾に向かっていた台風が信じられないくらいのUターンをして日本列島に向かってきているではないですか!?
ずれろ~!と絶叫する二人。


結局、台風は我々の絶叫に恐れをなしたのか、上陸はせずに去っていきました。
フンッ!臆病者め!
とりあえず天気の方は前日に雨マークはあるものの、当日は晴れマークのまま前日を迎えたのでした。


上棟式の前日になりました。少しずつ気持ちも盛り上がってきました。上棟式の朝礼が7時45分から(早っ!)ということもあり、金沢からでは間に合わないと思い、前日から実家に泊まり、当日に備えることになりました。


さて、気になる天気は・・・・・というと、前日の本日は雨予報を覆してなんと晴れていました!明日もどうにか天気はもつという予報が!よかった♪よかった♪
な~んだ、嫁の力もそんなものか!大したことないじゃないかとバカにしつつ、私は前祝で一杯?いっぱい?酒を飲んで眠りについたのでした。いい夢がみれますように♪

↑足場が組まれ、資材が積んでありました。

2008年11月30日

基礎工事

地盤改良工事も終え、養生期間を待っていよいよ基礎工事開始です!
基礎工事も地盤改良工事の時同様、工程を全く見ることは出来ませんでした。


なので、写真等が全くありませんし、どのような工程で行われたのかがわかりません!その辺の基礎が出来上がる工程を知りたい方は“花まる子”さんのブログ『我が家のはなまる家づくり』においてわかりやすく写真を載せて説明してありますので、知りたい方はそちらを見ていただいたほうがよーくわかると思います。(勝手に紹介してすみません)


なので、いきなり出来上がり写真です↓


地縄のときは、家全体の枠しかわかりませんでしたが、今度は仕切りがあるので、部屋の形や大きさがわかります。
でもやっぱり思ったことは“ちっさいなぁ~”でした。むしろ地縄のときより小さく感じたかもしれません!
地鎮祭のときに社長にも基礎の段階が一番小さく見えるけど、柱が立ったら高さも出て広くなるよ!と言われてましたが、それでも小さいような気がしてなりませんでした。
今更後悔してもどうにもならないので、社長の言うことを信じて上棟まで待つしかありませんでした。
柱が出来てどのように感じたかはまたその時のブログで!


基礎が出来上がったのは8月末でした。しかし、この時WHは上棟ラッシュで大工さんの空き待ち状態でした。


早く、進みたい気持ちがありましたが、大工さんが空いてないとどうしようもないので待つことに。
上棟式の予定は3週間程後になったのでした。


2008年11月28日

地盤改良工事

地鎮祭も終え、ようやく基礎工事開始です!
おっと、その前に地盤改良工事がありました。そうです!杭が打ち込まれるのです。
工事前に土地を訪れてみると、何やら機械の一部が運ばれておりました。


↑工事前 ブルーシートで覆われています


残念ながら、工事は平日に行われた為、作業を見ることは出来ませんでした。しかし、後日見に行くと37本の杭が埋め込まれているではありませんか!?


↑これが37本埋め込まれていました。


あと、JIOに関して“地盤調査1~3”の補足ですが、私は最初保証するのだから、通常より大げさな工事をあげているのだろうと思っていました。つまり、本当はもっと金額の安い工法でも大丈夫なのだが、保証するにあたり、安全度を高く見積もっているのだと。それでも仕方ないかなぁと思っていましたが、どうもそれは違っていました。


知り合いにJIOの保証を付けた方がいたのですが、その方は他の造成地の方は表層改良ではありますが、地盤改良をしていたのに対し、JIOの出した答えは何もする必要はない!というものだったらしいのです。意外でした。


ちゃんと正当な評価をしているのだなと思ったのです。結果的にJIOの保証を受けることにしてよかったなと思ったのでした。

2008年11月27日

地鎮祭

2008年8月1日

ローンの契約も終わり、市役所への建築確認申請も受理され、ようやく地鎮祭へと進みます。
しかし、地鎮祭の前に土地の決済を行わなくてはなりません。
土地の決済には司法書士の先生も同席されるの(登記をするため)で、土日ではダメということでした。
どうせなら、同じ日にしたほうがいいということで、私は金曜日に休みをとることにしました。


8月ということで、とても暑い時期です。午後から地鎮祭では大変だろうと、10時から土地の決済。
11時から地鎮祭と午前中で両方を終わらせる事となったのです。


まずは○○において、決済が行われたのです。10時ちょっと前に着くと、すでに喜多さん、不動産屋のTさん、司法書士の先生、そして今回もSさんが来てくださっていて、穏やかな雰囲気のなかにも何やら緊張感が漂っておりました。


まずは、先生より説明がありました。それから土地の残金の支払いが行われました。Iさんから残金を現金で一度渡され、私どもが間違いないか数えました。そして不動産屋のTさんに渡すのです。


ほんの一瞬だけ、手元に来ただけで大金が“さらば”と去っていきました。
でもこれで、土地は正式に我々のものに!(実際はこの時点ではまだ登記はされていない為まだなのですが)
土地の決済はちゃんちゃんと終了しました。この後は場所を移して、地鎮祭です。


地鎮祭にはWHから社長、高林さん、引き続き喜多さんが参加してくれました。
午前中といってもやっぱり暑かったのですが、我々はテントの中。風が少しあったので、それほど暑くはなかった。


しかし、社長達はテントの外で暑かったそうです。これからの工事の安全も祈願し、無事終了しました。
これでようやく工事の開始です!

↑こんな感じでした

2008年11月26日

住宅ローン申し込み

○○ローンに申し込む為には審査が必要ということで、WHに場所をお借りして審査の書類を書くことになりました。WHではIさんは初めてということもあってか、Sさんも同席していただきました。


IさんとSさんは同じ会社なのに別会社だというのです!だから、終始Sさんは手続きや書類の書き方の違いを不思議そうに見ておりました。
審査と言いながら、書類の多いこと!住所や名前を記入し、はんこを押す作業が次から次へとやってくるではないですか!?
『まだあるんですか~?』と愚痴ると、契約時はもっとありますよと言われる始末。
おかげさまで、私の印鑑は充分に元が取れました。ご苦労様、印鑑♪


この時、同時に喜多さんからは最終金額の見積書もいただきました。
この金額を元に少しばかりの自己資金を引いた額を借入金額として申し込んだのです。
審査結果は1週間程してから出るとのことで、無事通過しますようにと祈りながら、WHを後にしました。


無事審査がおりたと連絡をいただき、つぎは契約です。
今度は応接間にて、またたくさんの書類に記入、捺印です。
そこで、Iさんと世間話をしていたときに


私 『そういえば、ここの土地って浸水区域に入ってるんですけど、実際はどうですか?』
Iさん 『あぁ、あそこは大丈夫ですよ!水が付くところは川の反対側です』
私 『ホントですか?』
Iさん 『はい、大丈夫ですよ!』
私 『大丈夫?』
Iさん 『大丈夫です!』
私 『そこまでいうなら、仮に水が付いたらローンの残金払いませんよ!』
Iさん 『いやいや、それは困ります!』
私 『何で?言ったやん!』
Iさん 『付かないと言えますけど、それは無理です・・・』
私 『そうなん?じゃあ仕方ないね』


そして、無事書類を書き終えたところに、Iさんがつまらないものですが、と記念品を差し出した。
(えっ!?もちろん言ったのだろうって?はい!皆さんの期待に答えてもちろん言ってやりましたよ!)


私 『つまらないものなら結構です!』
Iさん 『いえいえ、つまらなくないです!ぜひともどうぞ』


そう言われちゃ断れないよね~
記念品を頂きこの日は無事終了です♪

2008年11月25日

ショールーム2

すごいこととは何なのか?


それは、3人のテンションであった!(今高さんはそうでもなかったけど)二日酔いということもあってかとにかくテンションが高かった。特に喜多さんは今までに見たことがないくらいのテンション、ノリだった。でも、喜多さんの場合は二日酔いというより、案内してくれた方が研修生の若い女性だったためだと思うけど・・・。


ハイテンションな私と喜多さんの軽妙なボケやツッコミを見た今高さんは
『お二人は元々友達だったんですか?』
私 『いいえ、違いますよ!WHで初めて会いました。何でですか?』
今高さん 『やりとり見てたら、気が合うなぁ~と思ったからお友達なのかなぁと思って』
喜多さん 『いいえ、違います!!!』(キッパリ言い切った)


いやいや私が言うのならともかく、喜多さんが言うかぁ???
まっこういう喜多さんが好きなのですが・・・。


そんなこんなでこんな2人にちょっぴり引き気味の嫁ではあったが、キッチンは女の主戦場!そんなことは言ってられない。真剣に見ておりました。


一通りヤマハを見終えた我々は次のクリナップへと移動したのでした。今高さんは次の打合せがあるため、クリナップの途中で帰られました。残った3人で再開です!


しかし、ヤマハと比べてテンションの低い我々。それは案内してくれた方が年配の方だったからではなく、ハイテンションの反動が出たようです。
それでも最後まで頑張って見ました。最後は本当にクタクタでした。喜多さんからもショールームは1日で2箇所が限界です。3箇所は無理だと聞いておりましたが、本当でした。


その日はそれぞれ見積もりを出してもらう段取りだけして解散となりました。


どちらにするかは嫁の判断に任せるつもりでしたが、私がいいなぁと思ったのは“ヤマハ”でした。
嫁が選んだのは同じく“ヤマハ”でした。


正直意外でした。ヤマハは金額を落とすための手段と考えていたのですが、お互い気に入ったのはヤマハだったのです。
クリナップもよかったのですが、ステンレスがカタログで見ていたよりもあまり素敵ではなかった気がしました。


ヤマハは人造大理石で、クリナップもステンレス→人造大理石に変えることは出来るのですが、そうすると大幅増になるとのことでした。結局キッチン、風呂、洗面台全てをヤマハで決めたのでした。

2008年11月24日

ショールーム

2008年7月5日

今高さんとの打合せが進む中、クロスやカーテン、照明等では頑張ってもなかなか金額が下がらない私達に喜多さんからはキッチン、お風呂と比較的単価の高いものを下げると、結構金額は抑えられるよと言われており、早めにショールームを見に行ったらどうかと提案され、ショールームへ行くことになりました。


WHではクリナップのSSが標準となっており、そのままでは金額は下がらないため、SSから下げるか他のメーカーに変えるしか下げる方法はないのです。


しかし、喜多さんも言われてましたが、キッチン等は毎日、そして長く使うものなのであまり粗末なものは進められないと言われてました。
そこで、クリナップとヤマハの2つに絞り、ショールームに行くことにしました。


まず、初めはヤマハからです!
待ち合わせの13時半に到着すると、既に今高さんが到着していました。


私・嫁 『すいません。お待たせしました』
今高さん 『私もさっき来たところですよ!』
私 『あれ?喜多さんは?』
今高さん 『え!?喜多さんも来るんですか?』
私 『あれ?聞いてません?来るって言ってましたけど・・・』
今高さん 『聞いてませんね』
私 『あとで叱ってやらないかんですね!そういえば昨日誕生日会やってもらってるはずだから、二日酔いで遅いんじゃないですか?実は私も昨日飲み会で二日酔いなんですよ~』
今高さん 『・・・私もなんですよ』
嫁 『3人とも~!?』


4人中3人が二日酔いでショールームに参上である。あっ!まだ喜多さんは来ていないけど。
その時、今高さんの携帯がなる♪喜多さんからの電話だった。


今高さん 『喜多さん来られるそうです。5分程遅れるそうですよ。先に見てましょうか?』
私 『そうですね』


しばらくして、喜多さん合流!
この後のショールームはすごいことになりました。


それは次回で!

2008年11月23日

おほほほほ♪

今高さんとの打合せは非常にスムーズに進みました。クロスの色やドアなど、それほどのこだわりがないこともありましたが、今高さんの意見を聞きながらもほとんどは今高さんの提案どおりになりました。
初めて家づくりに携わる我々よりも、いくつもの家づくりに携わってきたプロの方に任せたほうが間違いないと思ったのです。


今高さんとは気も合い、お互いの子供の話などよく世間話をしていました。
そんな時、今高さんはよく笑うのですが、笑い方が“おほほほほ♪”と非常にたのしそうな笑い方をします。


ある日の会話です。


私 『今高さんの笑い方って“おほほほほ”って楽しそうに笑わんけ?』
嫁 『私も今高さんてすごい楽しそうに笑うなって思ってた』


私達は今高さんの笑い方が大好きである。
今もどこかで今高さんは笑っているのだろう。


“おほほほほ♪おほほほほ♪”

2008年11月22日

仕様打合せ

2008年6月14日

日は少し遡りますが、今高さんとの初対面から1週間後、今高さんの事務所にて打合せが行われました。
これまでの喜多さんとの打合せはアパートに来てもらっていましたが、これからは今高さんの事務所で打合せです。
そこで、以前のブログ【初対面!】において言っていた今高さんのセンスへの信頼を裏付ける出来事があったのです。
それはこれです↓


↑それまでの外観図

↑今高さんが作成した外観図

これまで、喜多さんとは間取りの打合せしかいなかったため、外観に関しての打合せは全くしておりませんでした。
喜多さんとの打合せが終わった後、外観のことを考えているとあまり好きな感じではないなぁと思うようになりました。でも、外観のためだけに間取りを変えることは出来ませんし、仕方ないのかなぁ~と思っていたところ、WHでの今高さんとの顔合わせの時に上の外観図が出されたのです。
それを見た私は『あれ?何かいい感じになってない?こんなんだったっけ?』とその時は思っていました。


家に帰り、これまでの外観図を見るとやっぱり違う。でもすごくいい感じになっているではないですか!?
そのことを今高さんに伝えると、


今高さん 『私が勝手に屋根の向きを変えてみました。その方がすっきりしていいかと思って』
私 『そうなんですか?この方が絶対いいです!素敵になりました♪ありがとうございます』


これで外観の不安は一掃されました。
今高さんへの信頼も出来、この後の打合せはスムーズに進んでいったのです。


(注)決して喜多さんのセンスがないと言っている訳ではありませんので、ご注意ください。
喜多さんとは外観の打合せは一切しておりません!喜多さんの作成した外観図はソフトが勝手に作成
したもので、決して、決して喜多さんのセンスがない訳ではありません!

(注2)だからといって、喜多さんはセンスがあると言っている訳でもありません!

2008年11月21日

悔いが残らぬように!

いよいよ家族会議も大詰めとなってきました。
地盤改良しないで建てるのは不安だということで、JIOの保証でやるか、別の業者でやるかの2択になりました。


120万か?90万か?
土地・建物の保証か?土地のみの保証か?
お金か?安心か?


我々が出した答えは・・・JIOの保証を受ける!でした。


ただ、120万円の出費はやはり痛かった。予算を下げるために色々と我慢や努力をしてきましたが、100万円近くも削ることは簡単ではありません。それでもJIOの保証を選んだのは別の業者の方でも保証はついているものの、じゃあその会社がつぶれたらどうなるの?でした。


当然、保証は受けられません。今の世の中、先が読めない時代なのでJIOだから絶対大丈夫とは言えませんが一企業の保証よりは安心出来ると思ったのです。それに建物の保証もついてきますし。
JIOの保証に基づく改良の工法は鋼管の入ったコンクリート杭4mが37本も入るのです。そりゃ高いわね~


でも、これなら大丈夫だろうと、120万円で安心を買いました。
2,3千万円もする買い物で、120万円をケチったために家が沈んだのではあまりにも悲しすぎるじゃないですか。


悔いを残したくありませんから!!!
地中に杭は残っていますが・・・(ぷぷっ)


お後がよろしいようで♪

2008年11月20日

地盤調査3

まだ決めかねていた私達に、喜多さんは同じ造成地で先に建てている人はどうしたのか調べてくれたのである。(えらいっ!)
そこはWHではないところで建てているにも関わらず、どうやって探偵でもない喜多さんは調べたのか?
実は、住宅屋さんに喜多さんの知り合いがいたのである!


なんと顔がでかい!いや、広いことか!!!


そこも地盤改良はしていたのだが、自分達ほどの改良ではなかったため、費用は90万程とのことでした。
(同じ造成地なので、地盤の緩さは同じだったと思います。ただ、それに対しての対策工法の違いで金額に違いが出てくるのです)


喜多さんはさらに地盤改良をした業者にまで問い合わせをしてくれていたのです。


そこの業者でもその会社の保証がついているとのことで、値段を下げたいのであればそこにする選択肢もあるよということでした。


ただそうなるとJIOの保証は受けれなくなるというのです。JIOは土地もそうですが、建物に対しての保証もあるため、喜多さんとしたら、出来ればJIOの保証をつけて欲しいということでした。
ただ、その別の業者でも土地に対しての保証はあるので、金額を下げたいのであればそちらにするという方法もあるよとアドバイスをくれたのです。


さぁ我々はどうしたのか、結果は次回です!

2008年11月19日

地盤調査2

あまりにも高い金額、そして予想外の出費に愕然としました。


いろんな方に相談しました。
『木造2階建ての重さで簡単に沈まんやろ~』とか
『まわりの古い家見てみ。別に沈んだりしとらんやろ!あの頃は地盤改良もしてないはずだし、大丈夫や』


私の会社の人にも聞きました。私の勤めている会社は住宅や建築関係ではありませんが、それに近い仕事もしておりますので、土というか地盤のプロがいます。その人にも調査結果を見てもらいました。
『確かに悪いなぁ~。でもベタ基礎ならかかる荷重も少なくなるから、沈下はしないだろうけど、自分の事となったらそういう訳にはいかんやろうな』


そうなのです!自分の事なので大丈夫と言われても心配なのです。


結局、結論はまだ出ず、次回へとつづくのである。

2008年11月18日

地盤調査

2008年6月16日

土地の契約も終わり、地盤調査の開始です。
ここでの結果次第で地盤改良が必要になってくるのです。喜多さんからは歩いた感じは地盤はよくないかもと聞いておりましたが、調査結果をどきどきしながら待っていました。


調査日から1週間程たったある日、喜多さんから電話がかかってきました。調査結果が出たのです。3社見積もりをとったから、一度説明したいと言われました。ん?喜多さん何かテンション低くない?気になった私はすぐにWHに向かいました。
喜多さんが地盤調査の結果と3社分の見積書を用意して待っていました。


喜多さん 『まず、調査結果から説明させていただきますが、予想以上に悪かったです。地盤改良は確実に必要となってきます。』
私 『あ~そうなんですか・・・。いくらくらいかかります?』
喜多さん 『で、見積書を3社分とったんですが、1社はとてつもなく高いので省きました。残り2社の見積書がこちらです。』
私 『うわっ!?』
喜多さん 『そうなんです。申し訳ありません』
私 『いやいや、喜多さんが謝る事じゃないですよ!』
喜多さん 『そうなんですけど、余計なお金をかける破目になって申し訳なくて・・・』
私 『でも、土地を契約するまでは調査出来ないんでしょ?』
喜多さん 『そうです』
私 『じゃあしょうがないですよ!・・・でもどうしましょ?』
喜多さん 『どちらもJIOの保証が付いてきますので、同じ保証なら安い方でいいと思いますけど』


3社の見積金額
・A社 約300万円
・B社 約170万円
・C社 約120万円

となっており、簡単に決めることは出来ませんでした。
当然、家族会議開始です!

2008年11月17日

地縄確認

不動産屋を出た私達は地縄(※)を確認するために、動橋町に向かいました。図面の間取りに違いはないか、寸法は合っているか確認するよう言われてました。

※地縄 建築工事を始めるとき、敷地に建物の位置を示すために張り巡らす縄。


さぁ、現地に到着です!
私 『おぉ~張ってある。張ってある!』
嫁 『ほんとや~!地縄ってこんなんなんや~』

↑地縄


車から降りて近づいていく私達。
私 『うわぁ~ちっちぇ!』
嫁 『ほんとや~ちっさ~い』
私 『玄関は結構広いぞ♪』
嫁 『それポーチも含んどるよ』
私 『あっ!ほんとや』
嫁 『ねぇ~和室狭くない?寝転べんのじゃない?』
私 『俺、寝れるかな?』
嫁 『図面と違ってほんと小さく見えるね』


こんな会話を繰り返していました。噂には聞いておりましたが、地縄や基礎の段階が一番小さく見えると言われていますが、ほんとに小さく見え、この広さで生活出来るのかと少し不安になりました。
地縄の面積に比べ、残りの土地がいっぱい余っているように見え、寸法間違ってんじゃないの?とメジャーで測るほどでした。


今日はとても忙しい1日でした。やっと終わった。

2008年11月16日

初対面!

2008年6月7日

私の誕生日の前日、WHにて今高さんと対面することとなりました。
喜多さんからは誕生日プレンゼントといって、先日行われたWISH祭りのおさがりの“うまい棒”をいただきました。この場をお借りしてお礼を言わせていただきます。『あんと!』


そうこうしていると今高さんが別の打合せを終え、到着です。
初対面の挨拶を済ませました。第一印象はグ~です。今高さんからはクロスやカーテン、照明のプランがたたき台として渡されました。そして、私達の今高さんに対する信頼を決定付けるものが渡されました。それは次回以降で詳しくお話したいと思います。


こうして今高さんと喜多さんと打合せをして、今高さんへの不安は全くなくこれからの打合せが楽しみになったぐらいでした。
(この時、喜多さんとの打合せがなくなる寂しさなどすっかり忘れておりました。ごめんね喜多さん)
なんとこの日は忙しく、この打合せの後、我々は加賀の不動産屋に向かわなければいけなかったのです。


土地の仮契約?か何かは忘れてしまったのですが、とにかく不動産屋で書類を書いて、手付金を払いに行ったのでした。ここでも私は果敢に攻めました。誕生日の前日ということもあり、端数をまけてくれ!とお願いしたのです。すると!あっさり断られました。そこの担当の人は喜多さんとも知り合いらしく、喜多さんのネタで盛り上がっただけでした。


さらに、さらにこの後、地縄の確認にも行かなければいけないのです。いそがし、いそがし!

じゃあね♪

2008年11月14日

コーディネーター紹介

設計契約も無事?終わり、今度はコーディネーターとの打合せが始まるというのです。そういえば、スケジュール表にコーディネーターとの打合せって書いてあったような・・・。ところでコーディネーターって誰?山崎さんのことかな?と思っていると、外部の方で今高さんという女性らしい。

私 『今高さんてどんな人?』
喜多さん 『Sさん達と歳も近い女性の方ですよ』
私 『喜多さんも打合せは一緒なん?』
喜多さん 『いいえ、私は同席しませんよ。もし、今高さんと合わないとか嫌でしたら引き続き私が打合せしていきますけど、今までに、合わないと言われた方はいないんで大丈夫だと思いますけど、ダメなら遠慮なく言ってください』

これまで毎週のように喜多さんにはアパートに来てもらい、打合せをしていたのに、それがこれで終わりかと思うと少し寂しい感じがしたのです。

しかし、それは不覚でした。

この後も事あるごとに我々の前に姿を現す喜多さんだったのです。寂しく感じて損したわ~

今高さんとの初対面は次回です。

コーディネーター紹介

設計契約も無事?終わり、今度はコーディネーターとの打合せが始まるというのです。そういえば、スケジュール表にコーディネーターとの打合せって書いてあったような・・・。ところでコーディネーターって誰?山崎さんのことかな?と思っていると、外部の方で今高さんという女性らしい。

私 『今高さんてどんな人?』
喜多さん 『Sさん達と歳も近い女性の方ですよ』
私 『喜多さんも打合せは一緒なん?』
喜多さん 『いいえ、私は同席しませんよ。もし、今高さんと合わないとか嫌でしたら引き続き私が打合せしていきますけど、今までに、合わないと言われた方はいないんで大丈夫だと思いますけど、ダメなら遠慮なく言ってください』

これまで毎週のように喜多さんにはアパートに来てもらい、打合せをしていたのに、それがこれで終わりかと思うと少し寂しい感じがしたのです。

しかし、それは不覚でした。

この後も事あるごとに我々の前に姿を現す喜多さんだったのです。寂しく感じて損したわ~

今高さんとの初対面は次回です。

2008年11月13日

衝撃の光景!?

※今回のブログの記事において、ある人の名誉を傷つける記述が含まれておりますので、特定できないよう一部伏字を使わせていただいております。ご了承くださいませ。

2008年5月31日

20万円を用意し、今遅しとK多氏を待つ我々。
“ピンポーン”
魔法のカバンを持ってやって来た。娘はいつものようにカバンで遊ぶ。私はK多氏の説明を聞いた後、書類を渡されたのです。書類は“基本設計契約書”となっていた。日付、住所、氏名、電話番号を書いて印鑑を押す。
間違いもなく無事記入終了!K多氏に渡す。その書類にK多氏が印紙を貼ろうとしたその瞬間衝撃の光景が!!!


↑イメージ図  印紙を舐めるK多氏


な、なんと!?K多氏は事もあろうことか、印紙をペロリと舐め、平然と貼ったではありませんか!!!
その光景に目が点になる私と嫁。

私 『な、なんで?』
K多氏 『へ?何が?』
私 『今舐めませんでした?』
K多氏 『舐めましたよ』(悪びれた様子はない)
私 『なんで~?』
K多氏 『いつもならコップについた水滴で貼るんですけど、今見たら水滴なかったもんで・・・』

ここはアパートの1室である。のりもあれば水もある。なのになぜK多氏は印紙を舐めなければいけなかったのか未だに謎である。いまでは印紙の周りが少し黄ばんできました・・・。


↑わかりにくいですが、黄ばんでいます。


2008年11月12日

設計契約

これには喜多さんも 『見た感じは結構考えてありますね~という感じですが、でかいかも~って思いました。』というメールが・・・。


完璧な間取りが出来たと思ったのに、でかすぎたのか・・・シュン


とりあえずは図面を作成してきてくれるとのことで楽しみに待つことに。
出来上がった図面を見ると確かに少しでかいかも~って感じでした。それに対する金額もでかいかも~!完全に予算オーバーである。


喜多さん曰く、『上がった予算を下げるには、価格の高いキッチンやバスをクリナップ(標準でついている)から安いものに変えるか、単純に建築面積を減らすこと』である。



↑我々がエクセルで作成した間取り



↑それを元に喜多さんが作成したもの


あえなくサンルームとクローゼットを諦めることに。
クローゼットは最終的には違う形で復活するのですが・・・
なかなか簡単にはいきません・・・


それからさらに2回程変更を重ね、ようやく納得のいく形になってきました。
ほぼ形が出来上がったきたこともあり、喜多さんからは設計契約をして欲しいと言われました。
設計契約時に必要な20万円を用意して、いつものようにアパートで待つ我々家族。


この時、我々家族はこの後に待つ悲劇を知る由もありませんでした。

つづく


2008年11月11日

納得の間取り完成?

初回打合せから2回程修正を加えながらもなかなか納得できない我々。
次々に喜多さんに変更、要望を伝えていく。なかなかまとまらないため、喜多さんから自分達で間取りを実際に考えてみてください。と突き放される・・・。うそ!提案される。


そこで、我々はエクセルで土地に見立てたマスを作成し、色々と間取りを考えてみた。これが結構難航した。問題が1つ解決すると、新たな問題が出る。
というのは、我々の希望であるロフトがやっかいな存在となっていたのである。


我々が希望するロフトとは、リビングにあり、高さは1m50cm程で下が収納スペース。上は畳が引かれ、カウンターも設置されている。そこはPCスペースであり、将来の子どもの勉強スペースとして使いたいのである。リビングにあることにより、キッチンにいる嫁からも見えるという利点があり、この家のメインともいえる存在なのだ。


WHでもこのようなロフトは今までにやったことはないということで、これが後々まで厄介な存在となったのである(汗)


それでも、時間をかけて2人とも納得のいく間取りがついに完成~♪
これには我々自信満々で、喜多さんに提出!


これには喜多さんも・・・


つづく

2008年11月10日

図面打合せ

前回の要望を伝え、初回の打合せをワクワク待っていた私達に喜多さんからメールが来たのです。

喜多さん 『図面ですが、(すでに)要望を入れていくと予算オーバーは間違いありませんでした。とりあえずは作成した図面を確認のうえ、変更や追加を考えていけたらなぁ~なんて思っています。』


このメールにそうだろうなぁとは感じていた私も、やっぱりショックでした。何を削らなければいけないのだろうか?どれほどの予算オーバーなのだろうか?不安と少しの期待感を持って初回打合せの日を待っていました。


そして、その日がやってまいりました。喜多さんにはいつものようにアパートに来てもらっての打合せです。


図面は魔法のカバンから取り出されたのでした。


喜多さん 『Sさんの要望を取り入れた形でまずはたたき台として作ってきました。これをもとにあーしたい、こーしたいと直していければと思っています。ただ、予算的にはかなりオーバーとなっています。』


図面を元に色々と話をしておりました。基本的には金額を落としていくための話と間取りなどでした。どうしても必要なものと削ってもいいものを分けていくと、なんと、なんと私が要望したものが全て削られていくではあ~りませんか~。トホホ


夢のマイホームとは言いますが、現実は厳しいんですね・・・。


私 『あれ?駐車場の位置おかしくありません?隣の土地からしか入れませんよ!』
喜多さん 『あっ間違えてました!でもあくまでたたき台ですから。間取り等を見ていただければ・・・』
私 『あぁ~たたき台ね・・・』

(危うく喜多さんの頭をタタクところでした。危ない、危ない)

2008年11月09日

我が家の要望♪

喜多さんに最初に伝えた我が家の要望であります!


1階
・LDK
・和室(仏間兼客室)
・両親用の寝室(将来のため)
・トイレ
・洗面
・風呂(1.25坪)
・サンルーム
・外部収納
・PCスペース
・庭(バーベキューが出来るくらいのスペース)


2階
・寝室(書斎スペースandウォークインクローゼット)
・子供部屋(2部屋)
・トイレ
全体的な要望として収納スペースが欲しいです。


以上が我々の要望でした。まだまだ夢見ていたころです。


この要望を元に初回の図面打ち合わせに進んで行くわけです。はたしてこれらの要望が実際どうなったかはこれからのブログで明らかに!

2008年11月07日

土地決定!

頼んであった追加の土地情報も新規の分譲地はないとのことで、片山津か動橋のどちらかに決めることになりました。


さらに色々悩んだ結果、皆さんの想像通り“動橋”に決定となりました。
早速、土地の予約をすることに。我々が予約したときは、9区画の土地のうち1つは相談中、何件かの問い合わせがあるという状況でしたが、無事お目当ての土地の予約に成功!


いよいよ、家づくりが始まるのかという感じでした。


そしてついに図面打ち合わせが始まるのです♪
喜多さんからは家の間取りや欲しいものを挙げてください。との依頼が!早速、家族会議開始~!
あれこれと二人で話し合っておりました。(今思えばこのときが夢があって一番楽しかったのかも・・・)
何をどうしたら、いくらかかるのかわからない私達は最大限の要望を伝えました。


その要望の中身は次回で!

2008年11月06日

住宅ローン

土地が決定する間に、住宅ローンについても喜多さんから話がありました。


自分達で銀行に行ってローンを組む人がいるそうですが、それは大変危険だということでした。一口に住宅ローンと言っても、種類も様々。我々素人にはどれが一番いいのかわかりません。貸す側にしてみれば、一番利益のいいものを進めるでしょう。それが、借りる側の生活が苦しくなろうが構わないのです。向こうも商売ですから。


それに、変動金利も危険であると教えてもらいました。3年固定などの短期の固定金利の低さに惑わされ、組んでしまうとその後の長い返済期間を不安定なまま過ごすことになるからです。


我々は資金計画アドバイザーと名乗る男に全てを任せることを決意したのでした。


喜多さんが我々に進めてくれたのは、〇〇住宅ローンでした。それも小松、加賀で建てる場合の優遇商品があるとのことでした。金沢や能美ではダメだったはずです。


しかも、〇〇はなんと半年間金利を押さえることができるというのです。どういうことかというと、我々の場合は3月に金利を押さえる手続きをしたのですが、その時の押さえた金利を9月まで待ってもらえるということでした。仮に3月に2.0%だったものが、9月に3.0%になっていても3月に押さえた2.0%で契約出来るという優れものでした。


こうして、資金計画アドバイザーの進めるとおり〇〇の住宅ローンの10年固定、11年~35年固定の
長期固定ローンに決定したのでした。


35年の長期ローンですが、資金計画アドバイザーの計画通りいけば、繰上げ返済をしていけるはず!


出来なければ、喜多さんの責任で喜多さんに払ってもらおうと思っております。よろぴく♪

2008年11月05日

土地探し2

地元のY不動産に乗り込んだ我々調査団は、早速2件の物件について尋ねました。


片山津温泉 約58坪(約10万円/坪)

・何年も前から売り出している。
・価格も少し高いかな?少しなら安くしてあげるよ!
・地盤はいいよ。水もつかないところだし。


動橋 約63坪(約8万円/坪)

・造成中だが、こちらは売り出したらすぐに売れると思うよ。
・ただ、ここは浸水想定区域に指定されている。
・価格の値下げは無理だろう。


という結果でした。どちらも一長一短。
また、悩むことに・・・。


嫁の反応はどちらかというと動橋町の方に傾いている感じでした。
私はというと、悩んでおりました。というのは、私もどちらかというと、
動橋町の方に気持ちは傾いていたのですが、片山津が
捨てきれない理由というのが・・・。


嫁にしたらくだらないこだわりのようで・・・。


発表しま~す!


その理由とは我が子に私の通った学校に
通わせたかったのです。
はい、それだけです。

ということで、多少悩んだものの動橋町にほぼ決定しました。ほぼって・・・?一生の土地ですからそんな簡単には決めれません!
再度喜多さんに、他にいい土地がないか依頼したのは言うまでもありません。


~豆情報~
地元のY不動産のE氏は小松に住んでる方で、WHで建てるといったら社長は私の後輩なんだよ。と言ってました。社長はE氏とは誰のことかわかります?


2008年11月04日

土地探し

2008年4月
資金計画のおかげ(?)で安い土地を探す事になった(ならざるを得なかった)私達は能美市~加賀市の間で探すことになりました。喜多さんには坪10万円程度で50~60坪の新規分譲地を希望しました。


小松市の物件が4件程、加賀市が2件該当しました。
小松市は新規分譲地ではなく、住宅地のなかの空き地でした。加賀市の2件は新規の分譲地でした。

全ての土地を視察に行きました。小松市の土地は既に数十年経った住宅地であり、そこに新たに入るのは勇気がいりそうでした。同年代もいなさそうですし。


一方の加賀市の2件は共に新規分譲地。1つは片山津温泉で4区画。もう一つは動橋町で9区画でした。


私の実家は片山津温泉であり、私の生まれ育った土地でした。そういう意味では馴染みのある場所ですし、すんなり入っていける感じでした。
動橋町の方は今まさに造成中で、売り出し間近でした。

家族会議の結果、私の通勤は遠くなるが加賀市のどちらかの分譲地にしようということに決定しました。喜多さんがプロの目で隠れた問題がないか視察に行ってくれるとの事でお願いしました。あと、その土地の事はその土地の不動産屋さんに聞くのがいいと教えられ、知り合いの地元の不動産屋に調査に行くことになったのでした。


つづく

2008年11月03日

診断結果

収支表を提出して2週間程が経ち、喜多先生による診断結果の日がやって参りました。
いつも通り、先生には我が家に来ていただき、我々が提出した収支表を元に、資金計画案が出来上がっておりました。
資金計画では、私の年収はもちろん、我が家の10年後、20年後~のライフイベント等様々な支出も考慮されて、借り入れ限度額がはじき出されております。(銀行が貸してくれる金額ではありません。私達が返していける金額です)金額はなかなか厳しいものでした。
でも、それが現実なのです。受け入れなくてはなりません。(涙)
この結果により、建物にかけるお金、土地にかけるお金を決めていかなければならないのです。

この時期に土地の情報も喜多さんにお願いしてありました。
私の勤務先は野々市町であり、希望としては金沢~野々市町を希望しておりましたが、当然ながらこの辺りはとても高い・・・。
もう使える金額が見えております。建物か?土地か?我々の出した答えは建物にお金を使う!でした。
ということで、喜多さんには土地の絞込みを依頼したのでした~。

つづく

2008年11月02日

撃沈・・・

2008年3月

収支表の作成を言われてから、3週間が早経ち、喜多さんからの“収支表は出来ましたか?”とやさしい催促が!それから5日後に何とか提出。喜多先生による診断が始まります。
この収支表には、生活費はもちろん、保険代、車関係(ガソリン代、車検代・・・)、冠婚葬祭に私のお小遣いまで記入する欄がありました。私のお小遣いが喜多さんにばれてしまう。(汗)
そっと、喜多さんに他の人に比べて私のお小遣いは少ないのか多いのか聞いてみた。

喜多さん 『少ない方ですかね~』
私 『やっぱり!』

この会話を元に嫁に戦いを挑む決意が出来た私。ギラギラと燃えたぎるものが!

私 『この前収支表つけたやろ?』
嫁 『うん。それがどうしたの?』
私 『喜多さんに聞いたら、俺のお小遣いって他に比べたら少ないらしいゾ!』
嫁 『そうやろね~』
私 『そうやろね~って・・・じゃあ、』
(私のしゃべりを遮るように)
嫁 『これからもっと切り詰めないかんのやよ!』
私 『・・・はい。』

こうして、私の短い戦いは終わったのである。
世の中の男性諸君!嫁には逆らうな!

2008年10月30日

返答

私の問いに喜多さんの返答は以下のとおりでした。

喜多さん 『悩ませてすいません。Sさんの気持ちは大変よくわかります。そして、率直なご意見いただきありがとうございます。私たちの考えでは、真剣に家づくりに取り組んでくださるお客様に対して充分な満足を得てもらおう。失敗はさせられない。という強い気持ちで接してきています。当社で・・というのは単刀直入な言い方で、当社に対してそして家づくりに対して真剣に思ってくださる方を目の前にして押し売りはする事はできません。
最終的にお決めになるのはもちろんSさん御家族です。私でよければ、精一杯お手伝いさせていただきます。私個人の考えですが、家づくりは夢心地のまま進むと後で現実が襲いかかってくるものだと思ってます。これからのお付き合いの中で、まず現実を知ってもらうことから始めたいと思っています。』

という返答でした。喜多さんの気持ちも聞けて何かが吹っ飛んだ私達は喜多さんにお願いすることにしました。

喜多さんからは早速、収支表を作成してくれと言われました。資金計画を立てるための家計簿のスペシャル版みたいなものです。でも、これを提出することによって、我々の家計が丸裸に!いや~恥ずかしい♪


つづく

返答

私の問いに喜多さんの返答は以下のとおりでした。

喜多さん 『悩ませてすいません。Sさんの気持ちは大変よくわかります。そして、率直なご意見いただきありがとうございます。私たちの考えでは、真剣に家づくりに取り組んでくださるお客様に対して充分な満足を得てもらおう。失敗はさせられない。という強い気持ちで接してきています。当社で・・というのは単刀直入な言い方で、当社に対してそして家づくりに対して真剣に思ってくださる方を目の前にして押し売りはする事はできません。
最終的にお決めになるのはもちろんSさん御家族です。私でよければ、精一杯お手伝いさせていただきます。私個人の考えですが、家づくりは夢心地のまま進むと後で現実が襲いかかってくるものだと思ってます。これからのお付き合いの中で、まず現実を知ってもらうことから始めたいと思っています。』

という返答でした。喜多さんの気持ちも聞けて何かが吹っ飛んだ私達は喜多さんにお願いすることにしました。

喜多さんからは早速、収支表を作成してくれと言われました。資金計画を立てるための家計簿のスペシャル版みたいなものです。でも、これを提出することによって、我々の家計が丸裸に!いや~恥ずかしい♪


つづく

2008年10月29日

苦悩のとき

喜多さんとの再会を終え、難題を頂いた私達は悩んだ。
今になって思えば、色々なハウスメーカーをまわって、どこがいいか悩んでいる人であり、そんな時にWHと出会ったのであれば、その考え方を受け入れることは難しくなかったかもしれません。でも私達は家づくりを始めたばかり。他のハウスメーカーもそれほど知らない。ましてやまだWHに決めた訳でもありませんでした。

私達は悩みました。そのときに幾度となく交わされた私達の会話はこのようなものでした。

私 『どうする?』
嫁 『WHで悪くないと思うけど、WHがいいかはわからんよね?』
私 『そうやな~。もっと他のハウスメーカー見てから決めるか?』
嫁 『でも、それじゃ今年中に間に合わんよね?』
私 『それもあるけど、WHの他にどこかいいとこあるか?』
嫁 『分からんね~』
私 『WHのことよくわからんけど、よさそうな感じはするよな~』
嫁 『そうやね~喜多さんもいい人やし』

それでもなかなか結論は出ませんでした。
そこで喜多さんにメールで正直に私達の気持ちを伝えました。約1ヶ月後の事でした。


私『その後検討しましたが、正直わかりません。その理由は、WHで建てることが前提でないと話が  進まないからです。家づくりを検討していろいろなハウスメーカーや工務店などを見てきた人は、比較し判断出来るのでしょうが、私達は今から始めようとしているところです。それで、いきなりWHに決めますと言うほうが私は嘘だと感じます。かといって、ほかに依頼したいところも現在はありません。WHでスタートしたいと思っているのですが、こんなのでも構いませんでしょうか?』

これに対する喜多さんの返事は次回です!

2008年10月27日

顔色が・・・

喜多さんが、帰ろうとしたころ、何やら顔色が少しおかしいような・・・。
何やらもぞもぞしている様子。

私 『どうかしたの、喜多さん?』
喜多さん 『実は来た時からずっとトイレしたくて・・・トイレ借りていいですか?』
私 『いくらでもどうぞ』

(久しぶりの再会で初めて我が家に来たために遠慮してなかなか言い出せなかったようです。 今の喜多さんなら絶対そういうことはないのにね!)

あっ!?その時の忘れ物ですよ、喜多さん!


2008年10月26日

厳しい条件

2008年1月19日

喜多さんの話というのは、WHで建てていただくにはまず資金計画を立ててもらう必要があるということ。そして、その資金計画を立てるにあたっては、WHで建てるという前提でないとダメであるという内容の話でした。


・資金計画を立てなければいけないというのは、これまでもブログで書いてきたように 建てた後にロー ンで泣かない為に必要なことである。とういうこと。


・WHで建てる前提でないとダメというのは、資金計画を立てるのは通常FP(ファイナ ンシャルプランナ ー)の仕事で、有料でやっているもの。それをWHでは無料でやる ため、それ目的のためだけに作成 することは出来ない。ということでした。


正直、私達は困りました。もちろん即答は出来ませんでした。


その時の気持ちを正直に書かせてもらうと、いきなりそのような条件を言われ、他のハウスメーカーと一緒で、契約を迫られている印象を受けました。喜多さんにも詳しく丁寧に説明を受けましたが、上記のような理由で、資金計画目的のためだけならこちら(WH)も困るような旨の話でした。
言われていることは理解出来るものの、それでも家づくりを始めようと動き始めたばかりの私達にはいきなりの厳しい条件でした。

とりあえず、返事は保留にしてこの日は終了することになりました。

つづく


2008年10月23日

再会

2008年1月頃

WHの内見会の後は他のハウスメーカーに行くこともなく、
お金に関して色々と考えていた時期でした。

“本当に自分達に建てる事が出来るのだろうか?”
“土地はどうする?”
“建物っていくらくらい?”等など・・・

ところが年が明け、一気に気持ちが動き、


『今年建てよう!』と決心し、喜多さんに連絡することに。

メールで

私 『本格的に家づくりに取り組みたく思っております ので一度土地情報を集めてもらえませんか?』


喜多さん 『早速、探しますと言いたいところですが、 以前の資金計画のおさらいやお聞きしたいことが少しあります。もっと安心できる資金計画をご提案したいと思います。絶対に聞いて損はさせません。


私 『喜多さんからこんなメール来たぞ!一回うちに来るって』


嫁 『そうなん?聞きたい事って何?』


私 『知らん!土地情報だけでよかったのにな~』


とりあえず喜多さんに一度来てもらうことに
なったのでした。


この頃、うちの娘も11ヶ月に。人見知りも始まり、
特に男性は苦手。はたして喜多さんを見て泣くのか!?
時間通り、喜多さん参上!娘、喜多さんを見て固まる
ものの、泣くことはなくお出迎え。


我々の話の間も気になるらしく、喜多さんをジロジロ。
でも目が合うと恥ずかしそうに隠れる。
すると、娘は喜多さんのカバンを見つけた!
こちらも気になるらしい。
喜多さんにお願いして触らせてもらう事に。娘は大喜びで
バンバン叩く!これを機に喜多さんを受け入れた様子。
うちら夫婦はこのカバンを“魔法のカバン”と呼ぶことに。


↑ これが魔法のカバン


肝心の話の中身は次回につづく!

2008年10月22日

お金の話

内見会場の和室をお借りして、資金計画について
喜多さんより熱く語られた記憶がございます。


印象に残っているフレーズは『いくら借りられるか
ではなく、いくら返せるかが重要』です。喜多さんと
関わっている人は何度となく聞いた言葉だと
思います。私も耳にタコが出来ました。(笑)


でも、これ大事です!


悪徳なハウスメーカーなら、年収を聞いて、
いくらまで借りれますよ。と言うことで目一杯
使わそうとするでしょう。


そうなればハウスメーカーも儲かるし、歩合制の営業マン
なら自分の成績もあがる為、その後のローン返済を
しなければいけない人の事などお構いなしでしょう。
さて、私が語るのはこれくらいにして、その辺りの
住宅業界の詳しい裏話を知りたい人はこちらまで。

    
株式会社 北製材所

営業  喜多 誠

フリーダイヤル 0120-65-1229


ところが、喜多さんの話では無理なローンを組んだ為に、
旅行にいけない等色々な犠牲を強いられる
のではせっかく家を建てても楽しくない。
まして、ローンが払えなくて、家を手放す事になれば
そんな悲しいことはない。とのことで、しっかりした
資金計画をたてる必要があると言われてました。


やはり、今までのハウスメーカーとは違う印象を強く
持った記憶があります。


また、色々と世間話をしているなかで、私と喜多さんは
同じ歳。さらには共通の知人がいたりとすっかり
意気投合したのでした。(それほどでもなかったかも・・・テヘヘ)
そんな感じでWH、そして喜多さんとの出会いを終えた訳
ですが、次に喜多さんと会ったのは半年後のことでした。

つづく

2008年10月21日

出会い2

受付を済ませ、中へと突き進む!


玄関を開けると、いきなりダンボールに手書きで書かれた
ものが至る所に!?


こんな感じの内見会は初めてだ。

何かアットホームな感じ♪

中には希望しない人には営業行為を行わない旨の
記載もあった!これはありがたい。


他の見学会だとすぐさま営業マンがべったりとくっつき、
『いつ頃建てられる予定ですか?』『土地はお決まりですか?』
『よろしければプラン練ってみましょうか?』等しつこく来るもの
ですが、WHは営業マンだけでなく、社員全員で
対応していた。質問すれば、丁寧に答えてくれ、売り込み
行為はしない対応でビックリ!


そんな感じでゆっくり自分達のペースで見ていると後ろから
何やら妙な気配を感じる。おそるおそる後ろを振り返ると、
スーツ姿の人が近寄ってくる・・・。


ジャジャーーン!喜多氏登場!

おっ!なかなかの男前!(喜多さんサービスしてね)
しかもさわやか!(工事金額減額にしてくれるって?)
さらに頼もしい感じ!(カーポートも付けてくれるの?)

冗談はこれくらいにして(笑)、これが喜多さんとの出会い
だった。話をしているうちに、喜多さんからもしお時間が
あれば資金計画について話を聞いてみませんか?との
怪しい誘いにまんまと乗ってしまった我々二人。
さてどうなることか?


つづきは次回で!


皆さん、いつも当ブログを読んでいただき、
ありがと~ウイッシュ!


あれ!?喜多さん?ウイッシュってDAIGOのパクリなの?

2008年10月19日

出会い

2007年夏頃

HPで確認したところ、近々内見会があるとの事なので、せっかくだから一度行ってみようかということになり、初めてのWH内見会に出かけることになりました。

まずは受付を済ませることに。初めてだと伝えると、

社長(当時、専務)『どなたかの紹介ですか?』
私  『いいえ、紹介ではないですけど友人に教えてもらい来ました。』
社長 『どちらからですか?』
私 『金沢からです。』
社長 『え~~~!?』
私 『???(そんなに驚くことか~?)』

(後でわかったことですが、社長が驚いたのは展示所を持たない、宣伝等の広告を出さないWHで、紹介なしに金沢から来ることはなかなかないかららしいです。注:小松地域では内見会の新聞広告は入るそうです。)

という会話を済ませ、受付していざ中へ!


つづく


2008年10月16日

見学会巡り

※10月現在、我が家は建築真っ只中です。
 なので、当ブログではこれまでの経緯を遡って書いていきたいと思います。

2007年春~夏

この頃、まだ具体的ではなかったものの近い将来家を建てたいと思っており、見学会巡りをしておりました。
ただよく聞かれる、一度行くと営業マンからの電話、お宅訪問がしつこく来るということもあり、3社程の訪問に留めておりました。
そのうちの1社はやはり電話、お宅訪問とかなりしつこく来ておりました。
残りの2社は土地情報のポスティングや見学会のお知らせハガキ等が来る程度でした。
その当時、子供が生後2~3ヶ月であり、電話やインターホンの音の度に起こされるはめになり、これ以上の営業は迷惑に感じていたため見学会巡りも足踏み状態でした。

そんな時、一足先に家づくりを始めていた友人からウィッシュホームさん(以下、WH)の存在を教えてもらったのです。
その友人は別のハウスメーカーと契約を結んでいたのですが、その友人の友人がWHで建てられていて、こんなところもあるよ~と教えてもらい、いざ内見会に行くことになったのでした。


その内見会の様子は次回につづく!

2008年10月14日

ブログスタート!

秋の新番組スタート!

タイトル:『我が家のマイホーム日記』

作者  :マイホームパパ

出演  :㈱北製材所のみなさん
     今高さん(アトリエM+)
     丸山さん(丸山建築)
     我々家族
     他多数の方々の出演予定


※この物語はノンフィクションであり、 登場する人物や団体はすべて実在します。
 しかし、一部に大袈裟な表現、妄想が含まれることもありますのでお気をつけ下さい。

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